茜雲残日録

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help RSS 村国男依(むらくにのおより)

<<   作成日時 : 2011/11/19 14:38   >>

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(漫画家倉橋寛さんの描かれた画像を借用) 


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  ― 江南に縁のある「壬申の乱」で活躍した英雄 ―

今、村国男依(おより)が、愛知県江南市で話題になっている。
男依に因んだスウィーツ(和菓子≪村国の郷≫、ケーキ≪MURAKUNI≫)まで開発され、販売もされているほどだ。

地元の漫画家倉橋寛氏が本年3月、村国男依を主人公にした歴史小説「赤き奔河の如く」を出版した。このことが地元の知られざる英雄の再発見となったものと思われる。


村国男依とは、どんな人物か。江南市とはどんな関係があるだろうか。


まずは、村国男依とは、どんな人物か。

飛鳥時代の美濃の小豪族で、後の天武天皇となる大海人皇子の舎人。一言で言えば、古代最大の内戦「壬申の乱」を勝利に導いた人物と言えよう。
大海人皇子の部下で、軍の先頭に立って指揮を執ったのが村国男依である。

「壬申の乱」は、天智天皇の晩年、次の天皇をめぐって、息子の大友皇子と弟の大海人皇子が対立したことから始まったものであり、大海人皇子が勝利し、天武天皇になる内乱である。

もう少し詳しくみてみよう。

671年10月、不利な情勢にあった大海人皇子は、当時都のあった近江を離れ、吉野へ逃れた。同年12月に天智天皇が崩御すると、朝廷は大友皇子を中心とした新政権に引き継がれることになった。
672年6月、吉野に逃れていた大海人皇子は身の危険を感じ、朝廷に対して挙兵を決意。
村国男依らを東国へ派遣して兵を集めるよう指示し、自らも東国へ向けて吉野を出発。
吉野を脱出した大海人皇子は、尾張・美濃を中心とした東国の兵を集めて現在の関ヶ原に軍を集結した。

朝廷軍は関ヶ原を急襲し、戦いは始まった。
現在の米原や彦根で戦う。いずれも大海人方が勝利。

現在の野洲市の戦いで大勝した大海人軍は徐々に都に迫り、ついに琵琶湖の南瀬田川を挟んで朝廷軍と向かい合った。

激しい攻防の末、ついに大海人軍は朝廷軍を壊滅させ、逃げ場を失った大友皇子は自殺。

大海人皇子は吉野を出発してから約1ヶ月で壬申の乱は終結。
男依らは大友皇子の首を持って関ヶ原の大海人皇子のもとへ帰る。

翌年大海人皇子は即位して天武天皇となる。
飛鳥に都を戻し、歴史は奈良時代へとつながっていく。

さて男依と江南市との関係は?

壬申の乱の後、男依はその功績により天武天皇から多くの褒賞として領地を与えられた。そこに村国郷を開いた。

当時、美濃国各務郡、尾張国葉栗郡、大和国添下郡(現大和郡山市)の三か所に「村国郷」があった。このうち葉栗郡の村国郷が今の江南市村久野町として名残を残している。

村久野町にある現熱田社の境内の一角には「村國神社」と刻した塔があり、ここが村国郷であった、その名残を残している。
また、村国男依が建てた寺が前身と言われている音楽寺がすぐ近くにある。

地元の英雄村国男依は、倉橋氏によって再発見され、今地元で話題となっている。
今後、郷土の英雄として市民に愛着を持って末永く語り継がれていくことだろう。

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コメント(10件)

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今晩は!
日本史の教科書の「壬申の乱」、受験では深掘りする必要もなくサラリと憶えていた程度でした。
「村国男依」は全く知らない人であることはもとより、壬申の乱の意義、奈良時代に移行して行く史実を簡潔に記事にしていただきよく分かりました。
この様に書かれますと、「赤き奔河の如く」を読んでみたくなりました。
有り難うございました。
きまぐれ爺
2011/11/19 17:10
こんばんは!
私も地元の話でなければ関心も持たなかった「壬申の乱」、改めて勉強し直しました。
ご当地にも関係があるところが出てきます。ご一読をお薦めします。
茜雲
2011/11/19 17:32
1300年以上の昔、はるかな歴史を感じさせてくれる場所なんですね。そう思うとロマンを感じますね。
かるきち
2011/11/19 20:06
地元ということで調べてみました。歴史小説「赤き奔河の如く」も読みました。
歴史はあまり得意じゃないですが、何とかこの記事が書けるところまでたどりつくことができました。歴史もロマンですね。
茜雲
2011/11/19 20:40
郷土英雄伝は素敵です。歴史はロマンをもって勉強すると良さそうですが私は全くの歴史オンチで悲しいな!
信徳
2011/11/19 23:59
こんにちは

郷土の歴史を掘り下げるのは
やはり地元の人の愛があればこそ
史実もさることながら
ロマンを感じますね
無門
2011/11/20 06:18
信徳さん、お早うございます!
私も歴史オンチですが、地元ということで勉強してみました。壬申の乱も言葉だけでその実態は何も知りませんでした。ロマンがありますね。
茜雲
2011/11/20 08:08
無門さん、お早うございます!
仰るとおりですね。地元である故に地元びいきになる点もあるかもしれませんが、そこは史実に基づいて、そして地元の熱意で突破して明らかにされていくのでしょうね。まだ始まったばかりですので、いく末を見守っていきたいです。
茜雲
2011/11/20 08:12
村国男依ですか。全く知りませんでした。以前、関が原に行った時「壬申の乱」の戦いもこの辺りであったのだと認識を新たにしましたが。
やはり美濃には古代から各時代に様々歴史がありますよね。とっても深いものを感じます。地元に歴史のヒーローがいるっていいですよね。
今回は歴史の勉強をさせて頂きました。
ミクミティ
2011/11/20 17:01
「赤き奔河の如く」の著者にもお会いしました。日本書紀をお読みになっていました。たぶん、日本書記の記載内容が唯一の資料だったように推察しました。
歴史好きの方の興味がわかるような気がしました。
お影で今回はいい勉強ができました。
茜雲
2011/11/20 18:45

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