広大なひまわり畑

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情報を得て、隣町のひまわり畑を撮りに出かけた。

五条川沿いの田んぼの休耕田にひまわり畑があった。

情報を入手してかカメラマンも何人か来ていた。
小さな子供を連れて遊びに来ている人もいた。

小さな子供を入れてひまわり畑を撮ろうと親さんに声をかけた。

まずは、3兄弟、仲良くヒマワリをバックにおやつ時間を過ごしていた。


今度は帰りがけの親子にカメラを向けた。

カメラを向けるとママの足にへばりついた。

そして帰っていった。

後姿を1枚撮らせてもらった。

ヤマモモ

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まだ蓮の花は見られるだろう、そう思って蓮池に出かけた。

空振り。

広い池のどこにも花は見られない。

ただ蓮の葉が浮いているだけだった。

ぐるりと池の周りを一周した。

民家の垣根にヤマモモがあった。

下にはヤマモモの実がいっぱい落ちていた。

筧の中にアマガエル

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庭をひょいと見た。

手水鉢の上の筧の中にアマガエルがいるではないか。

早速カメラを持ち出し、1枚撮った。

気づかれ、筧の中に引っ込んでしまった。

なかなか出てこない。

昼食を済ませ、また庭に出てみた。

出て来ているではないか。

1枚撮ったらぴょんと手水鉢に飛び降りた。

さらにカメラを向けたら岩に飛び乗った。

さらにカメラで追った。

アリウム

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久しぶりにフラワーパークに出かけてみた。

ステイホームで、しばらく自粛中の家族ずれが大勢出かけてきていた。

私もその一人で、と言って、少し歩くと腰が痛むので、慎重に動いた。

アリウムが面白い。

近寄って撮ったり、遠ざかって撮ったりしてみた。

ポピーが鮮やかだ。

この2種類を撮って早々にして引き上げた。

オーストラリア(終)

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ブリスベンには1週間ほど滞在。
その間、生徒宅に訪問したり、ドリームランドに行ったりした。
それらの写真は1枚もない。

またホテル住まいをしたので夜はあちらこちらのレストランに出かけ食事をした。
中にはゲテモノのレストランにも出かけ、イモムシやらワニなども食した。

滞在中お世話になった人たちを招いてサヨナラパーティをする。
会場はゴルフ場のクラブハウスを利用した。

最初はお礼のあいさつ。
その後歓談をしたり、ジャンケン遊びをしたり、参加者全員が肩に手を添えて一列になって会場内を回ったりした。

お世話になった方々と握手。握手。握手。

和やかなサヨナラパーティで一時を過ごした。

帰るときはシドニーでオペラハウス等を見学した。

シドニーに向かう際、バスの運転手が、ある方向を指さして

「シニ―」「シニ―」と指さした。

何度も聞き返して「シドニー」と言っていることが分かった。

こんなことも思い出す。

  🔷

ステイホーム中で、ふと思いついて、写真を振り返って、海外の旅をブログで掲載してきた。

これで終了とするが、自分の顔をさらけ出し、お見苦しいところをお見せしてしまった。

長い間お付き合いをいただき、ありがとうございました。

オーストラリア(2)中学校訪問他

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へレンズベルハイスクールで歓迎集会に臨む。

プレゼントの交換後、生徒たちが寸劇をしてくれた。

確か、カンガルーがボクシングをしているところを演じてくれた。

今でも印象に残っている。

最後に私があいさつをした。

どんな挨拶をしたのかは思いだせないが、写真を観ると、生徒たちが私の方を見て、聴いていてくれる様子が感じられ、役目を果たしたようだ。

その後、授業見学後、職員室でティータイム。

ブリスベン市長を表敬訪問。

市長と握手、挨拶をする。

オーストラリア(1)

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1か月の長旅であった前回の海外視察から3年後、今度は10日間ほどのオーストラリアへの視察となった。

新型コロナウィルスの緊急事態宣言から当県は解除されたもののまだまだ外を出歩く気が起こらない。もう少しステイホームを続けることにした。

オーストラリアでの写真をスキャンしてブログで振り返ってみることとした。

                 🔶

ブリスベンに到着、今回の滞在期間お世話いただくジョン氏と談話。
何を話したのか、意思の疎通は何とか出来たようだ。

へレンズベルハイスクールに向かう道中、浜辺で憩う人たちが目に入った。

ハイスクールで校長先生方の歓迎を受ける。

日本から持ってきたお土産を校長先生に手渡す。

どんな言葉をかけたのかは一切覚えてないが、笑顔で受け取ってくれた。

あくる日は日曜日。ジョン氏からゴルフを強く誘われ、プレーする。

そのゴルフ場のクラブハウスはこんなで、日本とは違って、いたって質素であった。

私たちは3人で回ったが、後ろの二人組、夫婦と思われるが、「失敬!」とでもいったのだろうか、私たちを追い越していった。日本では考えられないことが平気で行われているのには驚いた。

茶店も一切ない。所々にフードトラックが留まっていて、そこで買ってプレー中に食べる方式のようだ。

もちろん道具をもっていっていないので、靴からクラブまですべて借りた。

この1回だけだが、いい経験になった。

アメリカ(4)海外視察(終)

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アメリカの最後で、1か月の長旅の最後は、アルカトラズ島とゴールデンゲートブリッジを巡る サンフランシスコ湾 遊覧クルーズだった。

いよいよ最後のホテルはホテル名は記録されていないから分からないが、五つ星ホテル。
「風と共に去りぬ」の有名な階段のロケが行われたとのこと。

長い1か月の長旅にほっとしているところの写真2枚。
1枚は、窓外の朝焼けをバックに長旅に思いにふけっているところ。
後の1枚は、ロビーで出発を前に日本語の新聞に目を通し、はるか日本の地に思いを馳せているところ。

コロナ禍でステイホームを強いられ、ふと思いついて、30年も前の海外視察を写真で振り返ってみたブログ。
使い捨てカメラで撮った写真をスキャン、あまりにボケボケであるので、自分の顔もぼかさないでそのままさらけ出し、他の仲間の写っていない写真をできるだけ選び、掲載した。
こんな風な海外視察であったとお伝えする程度のブログとなってしまった。

長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。

アメリカ(3)サンフランシスコ

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コロラドからカリフォルニアに向かった。

どこをどう飛んだかはわからないが、飛行機の中から撮った1枚。

アメリカがいかに広いかがわかる。

ここではカリフォルニア大学でのある光景が印象に残っている。

車いすの学生がやってきた。

すっと健常者の学生が寄ってきた。

すかさず他の学生も集まってきた。

当時は身障者に対する理解がまだあまりなかった日本、いい光景だなぁと思った。

遠巻きにその様子を眺めていたが、どんなことを話していたのか、なぜ寄ってきたのか、それはわからなかった。
ただ、身障者も普通に暮らしている光景に何だかほのぼのとした気持ちを持ったことは鮮明に覚えている。
今は、日本の社会もこんな光景が当たり前にみられるようになった。

今一つ思いだすのは、生きたロブスターを選定し、それを茹でてもらって食べたことだ。
それもベンチで食べる。今でこそ日本でもこういう風景はよく見られるようになったが、当時はあまり見られなかったことだ。

アメリカ(2)ハロウィン

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いきなり給食室に案内された。

仮想した給食関係の人たちに度肝を抜かした。

どうやらハロウィンとのこと。

30年前のこと日本では全くこの祭りは知られていなかった。
今でこそこの祭りは日本でもポピュラーなものになり、東京の新宿では大騒ぎになることが毎年ニュースで報道されるようになった。
新宿のハロウィンイベント・仮装パレードを楽しむ若者が大きな話題となっている。

今週のスター、張り紙が掲示してあった。

アメリカンドリーム、まさにアメリカ社会だなぁと思った。

総じてアメリカは自由の国、学校でもオープンであることを実感した。

校長室に案内され、校長椅子に座れと言われ、写真撮影となってしまった。

自由と共に飾らぬ茶目っ気がこんなところにも表れている。

ハンガリー、フランスと比して、いいところを見せようという気は全くなく、オープンそのものだとつくづく思った。

アメリカ(1)コロライド州小学校&ロッキー山脈自然公園

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フランスから大西洋を飛んでシカゴへ、そこで一泊し、目的地のコロラドスプリングスに向かう。
帰りは太平洋を渡り帰国したので、地球をぐるっと一周したことになる。

さて最初に訪問したのはコロラドスプリングスのオジュボン小学校であった。

雪道を登校してくる子供たちに出迎えてくれた。

ここでは、何といっても30年前のこと、日本で考えられないようなコンピューター教育がすでに取り入れられていた。

ちょうど今コロナ禍でオンライン教育がどうのこうのと言われている日本では考えられないほど進んでいたことに驚いたことが印象に残っている。

写真ではコンピューターが30年前という時代を思わせる。

観光では、ロッキー山脈自然公園に出かけた。

フランス(3)養護学校他&観光

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養護学校や身体障害施設等を訪問する。

その後は観光地を訪れる。

リュクサンブール公園・コンコルド広場・モンマルトの丘…

リュクサンブール公園のあちこちに彫像、記念碑がいくつも見られた。中には自由の女神像もあった。

モンマルトルの丘はパリの街を一望できる絶景スポット。

芸術家たちが愛してやまないパリの下町で、画家が集結するところのようで、画家と思われる人に何人も出会った。

ここでは、エスカルゴ(カタツムリ)を初めて食べ、ワインを少し飲んだことも印象に残っている。
レストランのテレビにはサッカー試合が放映されていて、人々がくぎ付けとなっていたことも思いだす。

フランス(2)中学校&観光

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フランス語の授業を生徒と一緒に受ける。
皆目わからないが分かった顔をしている。

その後答礼レセプション、ワインも入り、交流を深めた。

フランスと言えば有名な観光地が目白押し。

ノートルダム寺院・ヴェルサイユ宮殿・エッフェル塔・オルセー美術館・凱旋門…

フランスの新幹線「TGV」にも乗った。



フランス(1)グルノーブル

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グルノーブルでは最初に訪れたのは小学校であった。

いきなり公園に案内された。

そこでは体育の授業でラグビーが行われていた。

学校に行くと屈託のない、明るい子たちが勉強をしていた。

その子供たちと写真を撮った。

次にラ・バスキューウの丘に出かけた。

要塞のようだ。

スイス(終)ユングフラウヨッホ他

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スイスに来たら、何といっても世界遺産でもユングフラウヨッホ。

標高3454mのユングフラウヨッホ駅は、ヨーロッパで最も標高が高い鉄道駅だ。

展望駅に着いたらうっくり急ぎ足で外に出る。

空気が薄いということには気が付かず、急ぎ足で歩いたので、気持ちが悪くなってしまった。

車窓から眺める景観はスイスそのもの、今も鮮明によみがえってくる。

スイス

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スイスに入って初日はチャーチルが演説したバルコニーを見学した後、ユングフラウヨッホ に向かった。

道中、一面の牧草地に羊飼いの少年を目にし、一気にハイジの世界に入っていった。

このハイジの世界では、ある場面が私には強烈に印象に残っている。

山に夕日が姿を隠す頃のこと、ハイジとアルム爺さんが腰を下ろして会話する場面…

「どうして夕日はこんなに美しいの?」と聞くハイジにアルム爺さんは「それはお日様が山にお別れするのさ。お別れするときは一番美しくなるものだよ」

目の前は夕日ではないが、その場面を想像して、羊飼いの少年をぼんやりと眺めていたことを鮮烈に思いだす。

高原の牧草地に羊飼いの少年、この光景を目にしただけでスイスに来た価値を感じた。

このスイスには確か二日程度で、二日目は買い物時間となった。

木工製品やら時計など見て回っているうちに仲間とはぐれてしまった。

集合場所は、ペスタロッチ像の前だった。

さて右も左も分からない。

道を歩いてきた女性に尋ねた。

片言の英語でしゃべりだしたら相手は日本人であった。

「そこへ私と一緒に行きましょう」

案内してもらった。助かった。

まだ誰も来ていなかった。

彼女はそのまま立ち去ったが、もうすこし聞いておけばよかった。

これも旅の思い出である。

なお、せっかくスイスに来たのだからと、妻とペアで時計を土産に購入した。

ハンガリー(終)職業学校訪問&土産

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最後に職業学校を訪問した。

1週間の長い滞在期間、最初の海外での視察であったので、すべてが新鮮であった。

総じてハンガリーは、社会主義国が崩壊し、新しく出発をしたところで、夜など大声を出してわめく声なども耳にした。人々の暮らしは裕福とは言えなかった。ただ、伝統に支えられた国であることは、街並みや伝統的な芸術活動に垣間見ることができた。特に音楽活動は生活に溶け込んでいることがよく分かった。

最後に土産の話、写真がないので簡単に触れておく。

フレンドが有名であることは知っていたので、額皿を1枚買った。高価であったし、まだ先が長いので現金ではなく、カードを使った。まだまだ信用がなかった時代であったからか、確かめるのに30分以上かかり、仲間に大変迷惑をかけてしまった。

最後の出発する日、3大珍味の一つキャビアを売っている店があると聞き、出発前にその店を知っている者に案内してもらい、そこでバスを回してもらうという離れ業となった。
お陰でキャビアの瓶詰を10個購入、さすがに帰国する際の飛行機では数が多く、申告した。帰国後親戚などに配ったが、まだ当時は珍しく、重宝されたことを思い出す。

ハンガリー(4)コダーイ音楽学校他

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市庁舎前で犬を抱えたおばさんに出会う。
犬をあやすと喜んでくれた。

市庁舎では玄関まで出迎えがあった。

歓迎レセプションでは市長さんにご挨拶する。

続いてコダーイ音楽学校に向かう。

娘が音楽にかかわっていたのでコダーイ音楽学校のことはかすかに記憶にあった。

さすが音楽には伝統的に優れた国、素人目にもレベルが高そうだったことは感じ取った。

他にも音楽学校に出かけた。

子供たちと触れ合うことができ、楽しかったことが思い出される。

中でも校庭でサッカー遊びをしている子たちに混じって遊んだことは印象に残っている。

外国人の私に気を使ってボールをパスしてくれたことが昨日のごとく思い出される。

この子供たちも、30年前のことなので、今頃は、40才を超えて社会人として活躍していることだろう。

なお、コダーイ音楽学校での懇親の折、娘のコダーイの楽譜のことを話したら、ぜひ送ってほしいと頼まれた。住所を聞いていたので、帰国後送ってあげた。

ハンガリー(3)市庁舎他

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市庁舎を訪れる。

市長さんはじめ関係者が玄関前まで出迎えてくれた。

議場に入り、説明を受ける。

質問もしたが、内容は忘れてしまった。

ただ、通訳を介してであったので、意図が通じず、長々と回答があったことだけは記憶にある。

続いて騎馬兵の曲芸を見に行った。

この地域の伝統的な騎馬兵の曲芸を観覧した。

観覧席はどこの国かわからないが外人の中に混じって観覧した。

ついで、農家に出かけた。

絵本に出て来るようなのどかな農家の風景を目にすることができた。



ハンガリー(2)大草原ブスタ

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何といっても印象深く今も記憶がよみがえってくるのが大草原ブスタだ。

他しか一面の平原には枯れたヒマワリ畑。

その広さは、見渡す限りで、ヒマワリの大海原と言った感じだ。

その平原の一角で、蚤の市が行われていた。

何が取引されていたのかは記憶にないが、雑多な雑貨と言ったところか。

その前に神格の広場を訪れた。

近くの街並みの何とファンタジックのことか。

まるでおとぎの国に来たようだった。

再度海外に訪れるときはここだ!そう思った。
退職後妻と訪れようと思ったことは確かだ。
その夢はかなわなかった。

そして大聖堂。

西洋には街には大聖堂がある。
私にとっては最初の大聖堂、中に入った記憶だが、階段を何段も駆け上ったようだ。

その裏手がドナウ川。
これが有名なドナウ川か、そう思い、感慨にふけったこともかすかに思いだす。